あなたは月を見て何を思う?ファンを惑わせる「刀剣乱舞」三日月宗近の美しさの秘密

「刀剣乱舞」三日月宗近

公式サイト:刀剣乱舞(とうらぶ) – 公式 – 

サービス開始からずっと顔役として「刀剣乱舞」を引っ張ってきたキャラクター、「三日月宗近」

ゲームを知らない人でも「彼の顔は見たことがある」という人も多いくらい公式が押し出している花形キャラクターの三日月宗近ですが、1月18日に公開された劇場版刀剣乱舞でも物語の中心キャラクターを務めています。

実は、この三日月宗近は「プレイヤーの数だけ本丸がある」刀剣乱舞の中でも、特にプレイヤーによって解釈が変わってくるキャラクターで、彼のファンというプレイヤー同士で語り合っていても解釈が分かれてしまうことが珍しくありません。

いったいどうして、三日月宗近の人物像は人によってブレてしまうのでしょうか?

ここでは、様々なメディアでの三日月宗近の描かれ方からその真相を探ります。

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刀剣乱舞の「三日月宗近」とは?

「刀剣乱舞」三日月宗近

三日月宗近は「天下五剣」と言われる、日本刀でも最も評価の高い刀のうちの1振り。

作刀された時期は平安時代で、刀鍛冶の神様として神社もあるほどの伝説の刀鍛冶「三条宗近」の打った、現存する名刀です。

三日月宗近は刀剣乱舞の「顔役」的存在であるためなのか、メディアミックスする際には必ず登場しており、公式メディアミックスで登場しない作品は2019年1月現在では存在しません。

メディアミックスで舞台となる本丸は、もちろんどれも異なりますから、三日月宗近の解釈もそれぞれ異なっています。

それでは、それぞれの「三日月宗近」はどんな人物なのでしょうか?

 

原作刀剣乱舞

公式の説明では、「究極のマイペース」と説明されている原作ゲームの三日月宗近。

きれいな容姿をしているにも関わらず自分のことを「じじい」と自称することもあり、かえって彼の独特の雰囲気を強調しています。

現在でこそ「大包平(おおかねひら)」や「小烏丸(こがらすまる)」といった刀が肩を並べていますが、初期実装の刀の中では唯一のレア5太刀で、当時は最も入手困難な刀でした。

私も何度「阿津賀志山(あつかしやま)」のステージを周回したかわかりません。

数えられないほど回って、鍛刀して、彼を入手するまでにカンストした刀も数多くいたくらいです。

ちなみにこの周回、プレイヤーの中では「阿津賀志山ハイキング」と呼ばれていて、今でも手持ちの刀が60レベル前後のプレイヤーの間でしめやかに行われています。

しかし、現在では高難易度ステージが充実してきたこともあり、三日月宗近も入手しやすくなりました。

2月には映画の公開を記念して配布もされていたくらいなので、これから始めるプレイヤーは三日月宗近目当てで始めても、古参プレイヤーほどノイローゼにはならないですよ!(笑)

このように入手難易度でプレイヤーを泣かせてきた三日月宗近ですが、優秀なステータスとは対照的に、戦う際には「負けても構わんのだがな」というセリフが実装されていて、意外にも戦闘にはあまりやる気がなく飄々としていることがわかります。

「給料分は仕事をするか」というボス前セリフにも表れるように、戦うということに対して悪い感情も良い感情も持っておらず、ただ「仕事であれば戦うだけ」というスタンスなんです。

刀剣乱舞の刀には戦う気満々の刀が多いので、その中では珍しいキャラ付けといえますね。

戦に関してはやる気があるのかないのかあやふやな態度ですが、プレイヤーに対しては「近う寄れ、言ってみたい言葉だな」「触ってよし」「すきんしっぷというやつか?」とかわいく懐いてくれます。

1000年近くも人間に大切にされてきたからか、構われるのは好きな様子で、正直めちゃくちゃかわいいです。

ただ、最近の言葉に関しては疎いようで、世間ずれした平安貴族の一面が伺えます。そんなところもかわいいんですけどね。

 

刀剣乱舞「花丸」

アニメ刀剣乱舞「花丸」では、レア刀であることからか初期本丸にはおらず、審神者が「心待ちにしていた」と言われながら、1期中盤で仲間入りしました。

三日月宗近回、もとい「優しいは、強い」というエピソードで実装された三日月宗近は、初出陣でありながら仲間をかばいつつ真剣必殺で敵を圧倒し、天下五剣の名に恥じない実力を見せました。

初陣で優秀な働きぶりを見せる三日月宗近は、ただでさえも審神者が「ほしいと言っていた」三日月宗近を警戒していた加州清光を、自信喪失に追い込みます。

その後、三日月宗近自身が「優しいは、強い」と言う言葉で加州清光を慰め、この本丸にはなくてはならない存在だと加州清光を元気づけており、年長者の余裕で悩める仲間を後ろから支える優しくも頼もしい一面が描かれました。

その後の扱いはほとんど出陣もなく、同じく平安に作刀された刀である鶯丸と茶飲み友達になり、縁側でお茶とお菓子に舌鼓を打つシーンが多く、ゲームでも散々見せられたマイペース具合が強調された日常シーンが目立ちました。

茶柱が立って喜んだり、美味しいお茶菓子を楽しんだり、獅子王にお世話されたりと日常を謳歌しています。

花丸の三日月宗近は、まさに「頼りになるおじいちゃん」という言葉が似合う泰然とした姿が印象的ですね。

 

活撃/刀剣乱舞

アニメ「活劇/刀剣乱舞」では、制作発表のティザービジュアルで真っ先に描かれた三日月宗近ですが、意外にも登場シーンは少なく、主役の第2部隊ではなく、元々本丸でも実力派の最前線に立つ第1部隊に所属しています。

第1部隊はどちらかというと先輩的な役割で、戦いの最中様々な葛藤と戦い苦しみながら進んでいく第2部隊に対して、既に戦いの悲しい一面やままならぬ一面というつらい現実と折り合いをつけながら戦っており、先輩として主役である和泉守兼定に助言をするシーンも描かれました。

戦いの中にある悲しみの陰がありながらも、前向きに仲間と生きている様子が描かれています。

第1部隊の出陣風景を描いた回では、自分たちの気持ちと折り合いをつけるために「一日だけ」炊き出しをして、戦で生活を追われた人々のために動く第1部隊の「儀式」が丁寧に描写されていました。

まさに「戦いのあと犠牲が出たり苦しむ人々がいるけれど、人間の営みはそれでも続いていく」という無常観が感じられて、私にとって大好きなシーンの1つです。

一方で、審神者と夜に密談をしているシーンなど、油断ならないツンと鋭い一面の一端も描かれています。

「活劇/刀剣乱舞」の三日月宗近はどちらかというと「歴戦の猛者」という言葉が似合う性格づけで、原作で作られた「マイペース」なのほほんとした三日月宗近はあまり出てきません。全体的にシリアスで、緊張感があります。

 

ミュージカル刀剣乱舞

ミュージカル刀剣乱舞の三日月宗近は、第1作と第3作で登場しています。

最初期の作品「阿津賀志山異聞」では、年長者として俯瞰した視点から部隊の面々を支えており、部隊長の加州清光のみならず、過去の主を前にして動揺する岩融を諌めるなど、要所要所で彼が動いているので、中心人物ではないながら独特の存在感があります。

反面、日常の場面では、鍬の使い方がわからない、出陣前にお茶を飲んでくつろぎ「茶柱が立った」とはしゃぐなど、原作よりもさらにマイペースな一面が強調されており、加州清光が頭を抱えてしまうほど。

陰ながら支える「穏やかな年長者」という一面が最も強く描かれています。

どちらかというと「花丸」路線の陰の無い優しい人格者なんですね。

 

舞台「刀剣乱舞」

他のどの作品よりも「食えないじじい」を体現しており、山姥切国広に「このくそじじい」となじられることも多いのが舞台「刀剣乱舞」の三日月宗近です。

山姥切国広が本丸の支柱となれるよう、彼の成長のため影に日向に手をかけているシーンは初公演から繰り返し描かれており、師弟のようでもあり、相棒のようでもある2人のやり取りは、追いかけているだけで燃えます(笑)

そんな後進育成に余念がない三日月宗近でしたが、第3作「悲伝」では何度も時間遡行を繰り返し、本丸が壊滅するという運命を覆すべく何度もたった一人で全てをやり直すというとんでもない重責を一人で抱え込んでいたことが発覚しました。

なまじ強いがゆえに誰にも頼らず完遂してしまう危うさがあるので、ハラハラさせられます。

何度も刀解と顕現を繰り返し続けた三日月宗近の表情はあまりにも痛々しくて、涙なしでは見ていられません。

「あんなにも様々な壁をみんなで乗り越えてきたのに、なんで肝心なところで人に頼らないんだよ!」と全力で叫んでしまういじらしさです。

舞台刀剣乱舞の三日月宗近には、一刻も早くしあわせな未来にたどり着いてほしいと切に願っています。本当に早くしあわせになって。

 

映画「刀剣乱舞」

実写映画「刀剣乱舞」の三日月宗近は、舞台刀剣乱舞の三日月宗近と同じ俳優が演じていますが、脚本監督ともに舞台とは全く違うスタッフ陣で、世界観も全く異なります。

あらすじが公開された時点で、「本能寺の変を生き延びた織田信長を暗殺する」というめちゃくちゃシリアスなことがわかるもので肝が冷えましたが、やはりかなりハードな世界観でした。

映画「刀剣乱舞」の三日月宗近は、とにかく愛情深い一面が強く出ています。

「長く生きて大切なものが増えた」と語る姿が印象的で、三日月宗近は仲間と審神者を守るために一人秘密を抱えながら奔走します。

映画の刀剣乱舞も、人に頼ることが下手くそな不器用さが垣間見えますね。

しかしなんで、三日月宗近は全部自分だけで解決しようとしてしまうんでしょうか?

自分が仲間を大切に思うように、三日月宗近を大切でかけがえのない仲間だと思っている仲間たちの気持ちを想像してくれないんでしょうか?

もっとみんなを信用して、仲間たちと一緒に問題解決にあたろうとしてほしいんですが、この不器用さも三日月宗近の優しさゆえと思うともどかしいです。

 

ファンアートから紐解く三日月宗近

「刀剣乱舞」三日月宗近

刀剣乱舞といえば、二次創作に寛容なジャンルとして有名です。

原作ゲームに限ってですが、二次創作は容認されており、他のジャンルでは取り締まられがちなグッズの販売も版権元のニトロプラスが提示している上限までであれば自由に作ることができます。

そんな二次創作が育ちやすい環境なので、ファンの中でも公式の投げかける「三日月宗近」を受けて、または受けない形で、実に様々な三日月宗近が描かれてきました。

ファンの間で見られる三日月宗近は大きく分けて3つのタイプに分かれているので、順番にご紹介します。

 

のほほんおじいちゃんタイプ

花丸や原作ゲーム準拠の、優しくて世間ずれしたおじいちゃんタイプです。とにかく優しくて、好々爺として日常を謳歌していますね。

実際「究極のマイペース」と呼ばれているため、同じく自由な振る舞いをすることが多い鶯丸と並んで、奔放なキャラクターにされやすい傾向です。

  • 縁側でお茶を飲む
  • 横文字がわからず困惑する
  • ぎっくり腰をする

……と、ガワが美青年なだけで完全に中身や挙動はおじいちゃんです。

本人が「じじい」と言っているからといっても、個人的にはぎっくり腰はないと思うんですが。

内番着は作務衣の中にタートルネックと股引を着用しており、これもおじいちゃんルックとして大変多くのファンからネタにされています。

 

凛とした美しい刀

活劇/刀剣乱舞や舞台「刀剣乱舞」で強調された、頭が切れる凛とした佇まいのキャラクター性が強く出たタイプの三日月宗近です。

この場合、三日月宗近の「マイペース」な性分は彼が便宜上「作っている」とする人が多いのが特徴的で、三日月宗近の本質は冷静沈着で強かな部分とされています。

また、長く生きてきたゆえに今までに出会い、別れた刀や持ち主への情を抱え込んだある種の影が伺えるのもこのタイプの三日月宗近です。

喜びも悲しみもすべて抱え込みながら立ち上がれる強い刀と解釈されているんですね。割と真面目に生きていて、シリアスです。

 

薄ら寒くなるほど人外

三日月宗近のシリアスな部分を殊更不気味に強調した作品が特徴です。

公式で「刀剣男士は神様の末席に名を連ねながらも人に使われることを望む」と説明されているので、簡単に言うと刀剣男士は神様なんですね。

「神様」というところからホラーを感じた人の作品に多く、「神様=人外」として、人間である審神者とは全く違う倫理観で生きている様子が描かれます。

人間の常識や世俗のルールに囚われず「神様目線」で物事を為そうとするので、三日月宗近は良かれと思ってやっていることが常軌を逸した行動で、人間である審神者を怯えさせたりしています。

大体人間に怖がられるけど本人はなぜ怖がられているのかわからない、またはわかっているが自分のやりたいことを優先させた、など、ここは解釈が分かれるところです。

 

なぜ三日月宗近は怖れられるのか?

「刀剣乱舞」三日月宗近

「のほほんとしたおじいちゃん」タイプは原作ゲームや花丸でも描かれているので、ファンの解釈として自然ですよね。

頭が切れるという部分や強いという部分も、ステータスや活劇/刀剣乱舞、舞台刀剣乱舞などの作品に親しんでいる人が抱く印象としては妥当と言えます。

それでは、「怖い」という印象はどこからきたのでしょうか?三日月宗近はどうして怖がられるのでしょう。

ここでポイントになるのは、三日月宗近は「日本刀の中でも最も美しい」刀であることだと私は考えています。

ここからは、三日月宗近が怖がられてしまう原因について、考察してみましょう。

 

「ぞっとするほど美しい」という概念

美しいものを表現する時に「ぞっとするほど美しい」と使いませんか?

もちろん絶世の美しさを褒めちぎった言葉ですが、この言葉は「美しい」というものに対しての恐怖を表現していますよね。

あまりにも美しすぎて人間味がない、無機的に感じられるという時に使われることが多い言葉です。

三日月宗近はまさに「ぞっとするほど美しい」刀であるので、その美しさ自体に恐怖を感じる人がいるのではないでしょうか。

 

美しさに魔性を見る

美しい人を表す言葉に「魔性」という言葉を使う人がいます。

これは、美しさそれそのものが人の判断能力を鈍らせることから、自分の抑制がきかなくなるような状態の原因を、自分ではなく相手に求める人の感性です。

相手が「魔性」だから、自分は魅了されているという風に考えるんですね。

「傾国の美女」という言葉がありますが、その美しさゆえに人を乱れさせる状態を恐れる人は多いです。

ドラマや小説などの中では、凛とした強い女性に「悪」という役割を与えるものがありますよね。

悪女と呼ばれる人物は大抵美しいですし、このご時世に「美人は性格が悪い」と平気で言ってしまう人もいるくらいです。

三日月宗近に対しても、この心理が適応されているのではないでしょうか。

実際に三日月宗近は「最も美しい」と言われるような刀なので、三日月宗近の美しさに魅了された人が「魔性の美しさ」を感じるのも仕方ないかなという気もします。

また、刀剣男士が「神様」という設定であることから、美しく魅入られる部分に恐怖を感じるのかもしれませんね。

 

理解できないものは怖い

三日月宗近はレア刀だったことから、手に入れられない人が多発していた刀です。

2周年の時リリースされた「刀剣乱舞Pocket」で初めて、配布という形で審神者の手に渡ったという人も少なくありません。

ゲームの顔役としていろんな媒体で見るけれど、三日月宗近に出会えたプレイヤーは少ないんです。

その間は、三日月宗近は「得体が知れないけど美人」というレッテルを貼られたまま。

三日月宗近を知らない間に想像の中で彼に恐怖を感じてしまい、そのイメージが先行した結果、「マイペースな三日月宗近は表の顔で、裏では冷静だったり冷酷な一面を持っている」という、公式では一切アナウンスされていない三日月宗近の二面性を見つけることになってしまったのではないでしょうか?

実物を見ないうちに印象だけが作られていって、ギャップになってしまったんですね。

 

【まとめ】三日月宗近は怖い刀なんかじゃない

「刀剣乱舞」三日月宗近

三日月宗近は実際とてもかわいい刀なんです。頼りになる一面はあるけど、絶対怖くなんかありません。

むしろ、三日月宗近は優しい刀だと私は思っています。

自分と過ごした時間の一切を忘れてしまったという骨喰藤四郎に「またこれから友達になればいい」とすぐに切り替えて返事を返せる彼が、優しくないわけがないと思いませんか?

思いやりのある懐の深い、底なしに人の良い刀なんです。

舞台「刀剣乱舞」で三日月宗近自身が言いました。

「月を見て人が「美しい」と思うから、月は美しいのだ」と。

あなたは三日月宗近をどんな刀だと思いますか?三日月宗近は、あなたの心を映す鏡かもしれませんよ。

 

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