オーパーツ?コスタリカの石球の謎は解明したのか

オーパーツ・コスタリカの石球

中央アフリカの南部にある、コスタリカ共和国。

そこに、真球に限りなく近い石、「コスタリカの石球」が多く存在しています。

それらの石は近年作られたわけではなく、古くから存在しているものだということが研究で分かりました。

なぜコスタリカには、真球に近い石が多く存在するのでしょうか?なぜ作られたのでしょうか?ここでは、その理由に迫ります。

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コスタリカの石球って?オーパーツと呼ばれる理由は?

中央アフリカの南部にあるコスタリカには、とても綺麗な球体の石があり、それらは1930年代初頭に見つかったと言われています。

石球が発見された場所はディキス川流域のジャングルで、バナナの農園を作るために開墾していた時、石球を発見しました。

オーパーツ・コスタリカの石球

画像出典:一番不思議なオーパーツはどれ?

石球は、1個ではなく何個もあったのです。

石球が見つかった地域は未開発の場所であり、ジャングルのような状態のところでした。

石が発見されてから石の年代を調べたところ、かなり古いものだということが判明したのです。

なぜ作られたのか、綺麗な球体をどのようにして作ったのか?これらの謎が多く残った事から、オーパーツと呼ばれるようになりました。

 

コスタリカの石球は自然にできたものではない!

オーパーツ・コスタリカの石球

画像出典:Wikipedia

ディキス流域で発見された、綺麗な球体の石球。

1つだけであれば、自然にできたものかもしれないと考えられた可能性があります。

しかし、発見された石球の数は200を超えるほどあり、多くの石球が発見されました。

あまりに多い数の石球が地上に置かれていたり、土に埋まっていたりしたため、「自然にできたものではなく、誰かが作ったものなのではないか?」と考えるようになったのです。

ではなぜ、ディキス流域で発見された石球は自然にできたものではないと考えられたのか、考察していこうと思います。

 

自然にはできない理由① 真球に近すぎる石がある

自然に作られたと考えにくい理由の1つは、真球に近すぎる石だからです。

真球とは「寸分の狂いもない完全な球体の事」を意味する言葉ですが、真球に近い石が発見されたため、誰かの手によって作られたと考えられました。

この真球に近い石は200を超える数の中で数個しか発見されていませんが、真球が自然にできるとは考えられません。

寸分の狂いもない完全な球体が自然にできるものであれば、石球が発見されてから徐々に増えて行くはずですし、石が形成されていく過程を研究できているはずです。

しかし、真球どころか石球が増えていくという事実もないため、自然に真球ができるとは考えにくいという結果になりますよね。

 

自然にはできない理由② 自然にできた場合は真球にはならない

自然に作られたと考えにくい理由の2つ目は、綺麗な球体が自然には出来にくいという点です。

真球は数個しかなくても、綺麗な球体はたくさん発見されています。

真球でも綺麗な球体であっても、石というとても固い物体を自然の力で作ることは不可能に近いでしょう。

自然に作られた石であれば、雨や風、水や砂などによって削られて形が変化していきますが、楕円形になったり、ゴツゴツとした形になったりするため、同じ場所で発見されても、同じような形にはなかなかなりません。

また、ボールのような球体に近い形になったとしても、歪な形が残り、真球やそれに近い形にはならないでしょう。

コスタリカのディキス川流域で見つかった石球は、真球に近い形のものが多いということから、自然にできたものではなく、誰かが作ったものの可能性がかなり高いことが分かります。

 

コスタリカの石球はどのくらい真球に近いのか!

オーパーツ・コスタリカの石球

画像出典:Wikipedia

真球に近い石球は数個しか発見されていませんが、数個であったとしても真球に近い石が発見されたことが凄いのです。

アメリカのハーバード大学の研究員によって、これらの石球がどれほど真球に近いのか測定したところ、最大誤差が0.2%ほどしかないことが分かりました。

真球への誤差範囲が0.2%しかないということは、ほぼ「真球の石」ということですよね。

また、石球の大きさを測定していたところ、直径が2.0066メートルの石が2つ見つかっているのです。

この2つの石の大きさをしっかりと測定したところ、ミリ単位の誤差しかないことも分かりました。

1930年代よりも昔の時代に、ほぼ真球と言える球体を石で作り、数ミリ単位の誤差しかない石の球体を数個作ることができる技術があった事に驚きがありますよね。

 

コスタリカの石球の謎!誰が作ったのか?

コスタリカの石球は、いったい誰が作ったのかという謎が残っています。

発見された時、石球がかなり古いものということで、発見されてから研究が進められてきました。

研究を行ってきた考古学者は、西暦300年~800年頃に作られたのではないかという見解を出したのです。

この西暦300年~800年というのは、石球が見つかった場所ではディキス石器文化と呼ばれる時代で、ディキス人がいたと考えられています。

石球の周囲にあった遺構などを調べたところ、ディキス人たちが居たであろう形跡があったことから、ディキス人が石球を作った可能性があるという研究結果になりました。

このディキス人によって、

  • 小さいものでは直径2センチ程度の石球
  • 大きなものでは2メートル近くの石球
  • 重さは最大で25トンの石球

が作られたのではないかと考えられます。

 

コスタリカにある石球を作った理由とは?その真相

ディキス人によって石球が作られたと考えた場合、なぜ真球のような石球やかなりの大きさの石球を作ったか、という謎が出てきます。

小さな石だけでも不思議ではありますが、人の大きさも超えるほどの石球はなぜ作られたのでしょうか?その理由を考えていきたいと思います。

 

石球を作った理由① 天球図

天球図

コスタリカのディキス流域で石球が見つけられた時、

  • 石が置いてあった形が星の位置だったという説
  • 石球の数が多い事から天球図に使用されていたという説

がありました。

実際に、数個の石には何かを描いたのではないかと思われる石球も発見されていることから、天球図が有力説になっていますね。

コスタリカにある石球の他にも、様々なオーパーツには空や星に関する説が多く存在しています。

古の時代から空や太陽・星などが不思議な物で、空や太陽や星から力や様々な物を感じる事があったのかもしれません。

 

石球を作った理由② パワーストーン

パワーストーン

古の時代から、石には何かしらのパワーがあると信じられてきたと考えられます。

現代でもパワーストーンとして販売されている石もありますし、昔から石には様々な力が込められていたと考えても不思議ではないですよね。

しかし、この大きな球体にどのような力が込められていたのか、どのように信じられてきたのかなどはまだ謎であり、解明されていません。

ですが、このコスタリカの石球も、古代のパワーストーンとして使うため作られた可能性があります。

 

コスタリカの石球の素材は?どこから運んできた?

ディキス川流域で発見された、多くの石球。

石球に使われている素材は、発見された場所には存在しないものだということが研究によって分かりました。

石球の素材は、タラマンカ山地の麓から採れる花崗岩が材料と考えられています。

しかし、このタラマンカ山地というのは石球が発見された場所から約80キロメートル以上離れた場所になるため、小さな石ならば運べたとしても、2メートルも超える石をどのようにして運んだのかは謎のままです。

また、タラマンカ山地に花崗岩があった事は分かっていますが、石を発掘したと思われる跡は何も残されていません。

ここから石を運んだのか、どこで加工したのかなど、いまだに謎が多く残されています。

 

コスタリカにある石球は現在では作れるものだった!

あるテレビ番組で、石球をつくるという企画がありました。

作った方法は、ディキス流域で石球を作った方法として考えられる方法を用いたものです。

作り方は大きめの木の板で円を作り、それを左右の半径が同じになるように板を2つに切ります。

2つに切った円のうち1枚を型として使用し、石を削っていくという方法です。

石の削り方は加熱と冷却を繰り返し、表面を崩していくという方法を使用していました。

テレビでは直径60センチの石球を作ることに成功していますが、テレビで作る時は現代の道具を使用したので短期間で作ることが可能となったわけで、コスタリカの石球の作り方とまったく一緒というわけではありません。

また、同じような方法で作ったとしても、使った道具まで一緒ではなかったため、コスタリカの石球は当時長時間かけて作られたと考えることができます。

 

【まとめ】コスタリカの石球の謎は解明された?

謎が多く残されているオーパーツの中でも、少し地味に見えてしまうコスタリカの石球。

地味に見えてしまっても、解明されていない謎が多くあり、歴史ミステリー好きには欠かせないオーパーツの1つです。

なぜ作られたのか、採掘された場所からどのようにして運ばれてきたのかなどの謎が残されており、謎が解明されることはまだ先になりそうですね。

コスタリカの石球に至っては、これまでに様々な理由で壊されたりしたものもあるため、どこにどのように配置されていたのかなど不明になってしまった事もあり、「なぜ作られたのか」という部分に関しては謎が解明されることはないかもしれません。

しかし、ちょっとした発見から有力説が立てられることがあるのも、歴史ミステリーの醍醐味でもあります。これからの研究が楽しみになってきますね。